就きて」なる一文を草せんとて筆執りし事ありしも、遂に我がよくなし得ざる事なるを思ひて止みぬ。その後屡々同じ願ひの予を驅りし事あれども、われはわが不才を知れば幾度も執りし筆を皆折りて捨てしのみ。
我が處女作は明治四十四年三月相州湯河原の山懷《やまふところ》の流に近き宿の古く汚れたる机の上に成りぬ。その後數ふれば早く既に十數篇の小説戲曲を發表したるが、何れも筆執りてありし間の心に似ず印刷成りてこれを手にする時、餘りの拙なさになさけなくなるをおきまりとしたり。
さればそれらの作品を一册にまとめて世に出す時些かふてくされたる氣持なきを得ずして、心の底に湧き起る不滿と失望をやけと冷笑を以てなぐさめんと努むるに忙しかりき。かかる事云ふを人のとがむるあらば、われ又更に冷笑を以て自らをなぐさめん。
わが最も心苦しきは文藝の作品と新聞の三面記事との相違を知らざる人にわが作の讀まるる事なり。曾て或る愚なる新聞記者はわが作品の二三をつなぎ合せて我が半生の詐《いつは》りなき告白なりと思ひ、それによりて出たらめなる一文を草し麗々しくも三日に亙りて之を紙上に連載したり。
かかる事何故に心苦しきや敢て言ふ
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