して貯金をなすべきかを究むる事など未だ世の人の心に多く觸れざりしなるべし。家内《いへ》の者|集《つど》へる茶話の折など玄齋居士が「小説家」の筆廼舍《ふでのや》なまりと蓮牡丹菊にたとへられし三美人が明日の心にかかれるまま人々の口にのぼりて、なかには眉ひそめて物語の中の人の身の上を氣づかへるもありしなり。ちぬの浦浪六涙香小史が小説飜譯のたぐひも、屡々人々の手より手に渡りて讀まれたりし事を忘れず。
やがて少年の日の若き心の喜びに、古き新しきのわかち無くさまざまの書讀み初めしより、何れは勝れたる人々の作の嬉しかりしが多かりし中にも、今は世になき人にては尾崎紅葉先生、齋藤緑雨先生、樋口一葉女史、稍々遲れては國木田獨歩先生の御作など殘りなく求め讀みしが、思ふにわれはただにその人々の作品の嬉しかりしのみならず、その人となりの更に一層なつかしかりしを否む事能はざるべし。殊に尾崎紅葉先生は二人となき勝れたる人格の所有者なりしならんと想ふだに心震ふばかりなり。
今もなほしきりに筆執る人々につきては何となく憚からるる心強ければ、ただひそかに崇敬と感謝の念を捧ぐるに止めんと思へど、たゞ泉鏡花先生の御作に對
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