着てゐた。
 記者は先づ自分と父との間に職業問題に就き「意志の疎隔を生じ居れりとの風説」を糺したと云つてゐるが、彼は自分にむかつて、そんな質問をした事は無い。自分は父の寵兒ではあつても父との間に意志の疎隔などを生じてはゐなかつた。しかし狡猾なる記者は、その失禮な質問に對して、自分が平氣で返答をしてゐるやうに捏造した。「併し私の趣味が既に文學にあるとすれば保險業者として私が父の如く成功するや否やは疑問です」と洒々として新歸朝の青年文士は述べてゐる。
 幸か不幸か自分は其の後某保險會社の一使用人として月給生活をする事になつた。自分と雖も會社に於て、出世をするのはしないよりも結構である。それが「成功するや否やは疑問です」などゝふてくされた事を云つてゐると思はれるのは[#「思はれるのは」は底本では「思はれのは」]、第一出世の妨げであり、同僚諸氏に對しても甚だ心苦しい次第である。
 次に上述の廢嫡問題が出て、その廢嫡を事實にしようと運動してゐるのは「三田文學」の連中で、青年文士はその運動者に對して「私はその好意を感謝するものです」と云つてゐるのである。
 想ふに此の記事の筆者は極めて想像の豐富な
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