る。新聞記者の語をかりて云へば天才といふものなのである。
ところが眞の水上瀧太郎は新聞記者の傳へた都合のいゝ戲曲的場景の中に住んではゐなかつた。彼は天才でもなんでもない。彼はもつたいない程その父にその母に愛されて成人した。彼が小説戲曲を書いて發表したのは事實である。しかも曾て文筆を持つて生活しようと考へた事は一度もなかつた。彼の持つて生れた性分として、彼は身の圍《まはり》に事無き事を愛し、平凡平調なる月給取の生活を子供の時から希望してゐた。勿論自分自身充分の富を所有してゐたら月給取にもなり度なかつたらう、恐らくは懷手して安逸を貪つたに違ひない。彼は落第したり、優等生になつたり出たらめな成績で終始しながら學校を卒業し、海外へ留學した。父が保險會社の社員だつたといふ事は彼の學ばんとする學問には何の影響をも持つてゐなかつた。父とも約束して、彼は經濟原論と社會學を學ぶつもりで洋行した。しかし學校の學問は面白くなかつた。學者となるべく彼はあまりに人生に情熱を持ち過ぎてゐた。時にふと氣まぐれに保險の本を買集めたり、圖書館へ通つて研究する事もあつた。しかしそれが彼の留學の目的ではなかつた。足かけ五
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