つたら何ものをでも燎爛《やきただら》さずには置くまいとする力の籠つた女の姿は初めてであつたのである。今まで覗いたこともなかつた人の世界の真実が、この淫《みだら》な女の涙の中からありありと男の心の眼に映つて来た。け高いと云はうか、神神しいと云はうか。この女の前には自分はいつも素裸になつて居ると思つて、何の隔心《かくしん》を置かなかつた積りであつたが、それはまだこの女の本統を見きはめた上からのことではなかつた。さうして見ると俺自身もこの女にだけはと思つて、一切の自己をさらけ出して居たと信じて居たことも、まだ本統のものではなかつたものらしい。長い記憶を辿るまでのことは無い、現在此席でも、俺は虚栄をはり痩せ我慢を通して居た。一人ぽつちの幕の中で、俺はこの女を引きいれて、限りない欝憂から逃れたいとあせつて居たときでも俺はある大切なもの、唯一なものを、まだ彼に慝《かく》して居たのではないか。そして彼にのみ彼の真実の一切を要求して居たのではなかつたか。俺は屡この女の放埒を看過《みのが》した。傍観者のやうな態度で、彼の狂態を冷かに眺めて居た。いきり立つやうなことはあつても、彼に向つたときは、多く冷静を
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