友達を呼びいれることすらも出来ない。
 彼は静に女の背《せな》に手をかけた。
「此女だけが俺の赤裸裸《せきらら》の友だ。何と云ふ情ないことであらう。」
 感覚を佯《いつは》ることに忸《な》れた此女の情熱のうちに、どれだけの真実が含まれて居るのであらうか。俺は知らない。ただ此女ならばまづ心がゆるせる。たつた一人の俺の陣地に忍びこんで来て、俺の疲《つかれ》と寂寥とに僅ばかりの慰安をでも与へてくれるのは此女だけである、俺は安心して此女の腕によりかかつて眠れる。甲冑の紐をゆるめて眠ることが出来る。
「おい。」彼は背を撫でながら女を呼びおこした。女は顔を上げた。涙のあとが目のまはりをほんのりとあかく見せてゐる。
「もう帰らうよ。」男はやさしくかう云つた。
「厭《いや》。」女の声には力がこもつて居た。
「あたし今夜は帰へらないことよ。」
「ぢや、どうする。」
「とまつて行くのよ。もしおうちの具合がわるいつてなら、あしたあたしお詑びに出ててよ。」
「子供見たやうなことを云つてる。馬鹿だなあ。」
「あたし今夜はどうしても、いや。ねえ、後生だから。」
 女は思ひ入つた調子でかう云つて、男の左の手を握つた
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