ない、大局の見えない彼等と比べて見ては、俺はたしかに独歩《どくほ》の出来る才人《さいじん》であるとも云ひ得られる。足を斯界《しかい》に投じてまだやつと五年にしかならないのに、世間は俺を一廉の働手にしてしまつた。俺は欝然としてもう一家をなした。あんまり早い昇進である。けれども俺は寂しい。一人ぽつちだ。世間は俺が黒幕の外で振りかざして居る旗印を目標《もくへう》として、そこには俺の本陣があるかの如く思違へて殺到《さつたう》する。俺の苦しみは死守する此第一防禦線の陣地から生れた。今日迄幸に防禦線は突破されずに戦つては来たものの、俺は疲れる。休まなければならない。即ち幕の内にはひる。誰も居ない。全く誰も居ない。俺がたつた一人ゐるきりだ。俺の寂しみはこの暗黒な幕の内から生れる。誰でもいい。幕の中へはひつて来てくれ。俺は時折かうは思ふものの、もしそれが敵からの諜者《まはしもの》であつて、親切らしく慰《なぐさめ》の詞をかけながら、何の守も、何の用意もない俺の本陣の本統の状況を見きはめて行つて、世間にそれをおつぴらに云ひ散らされたときは、俺の第一防禦線は一支《ひとささへ》もなく潰《つひ》える。俺は滅多に
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