かへも出来なくなることは之れまでも度度見て居たことであるから、激しい発作《ほつさ》の来ないうちに何とか云つてなだめなきやならないと思つたが、女はほんの僅かな猶予をさへ惜むかのやうにじりじりと男につめよつた。
「貴方は強情つぱりねえ。全くやせ我慢が強いのねえ。貴方は……貴方はあたしの様なやくざ女を……。あたし、やくざ……。」
 彼はもう涙でものを言ふことが出来なかつた。男の膝に半身を投げかけて、声を出して泣きくづれた。
 松村は女のするやうに任せて、ぢつと動かずに居た。そして打ち顫ふ女の房房した後髪をしげしげと見まもつて居た。
「いかにも俺は寂しい。」彼はかう思つて心に深い省察を加へて見た。売出しの少壮実業家と云はれて、俺は今若木の枝が芽を吹くやうにめきめきと世の中に延びて行く。先輩と云つても目に立つほどの人もなく、金があるからと云つて、ただそれ丈である。買被ぶられて居る彼等の信用と地位とは、遠くで見て居てこそ、素晴らしい勢力で、傑さ加減は側《そば》へも寄りつけない程にも思はれるが、段段近寄つて見ると、どれもこれも評判倒れがして居る。学問もない、見識もない、自分の事業に関する経験や智能の
前へ 次へ
全43ページ中36ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング