て何も云はずに一旦居ずまひを直したが、やがてころりと横になつて、肘を枕にした。
 二人は静に、思ひ思ひのことを胸に浮べて居た。と、あや子は忘れて居たものを思ひだしたと云ふ風で、
「今のお電話は、どなた。」
「白川だ。」松村は答へるのもうるささうであつた。
「白川さん。どうなりました。あの話は。」
「うむ。」
「おきめなすつて。」
「…………。」
「まだなの。随分前からの事ぢやありませんか。」
「………‥。」
 あんまり返辞がないので女は、男の傍へよつて顔を覗きこんだ、男はそつと目を閉ぢて、右の手を掌を上にむけて額にのせて居た。ねむつてるのではないらしい。
「旦那、旦那。」女は小声に、気遣はしげに呼んで見た。
「ちよいとおよつたらどう。」
「まあ、いい。」男はぱつちり目をあけると、女の顔があんまり近くさしよつてゐるので、むせかへるやうに感じられた。で、またそつと目を閉ぢた。
「旦那、どうかなすつて、お床《しき》をさう云ひませうか。」
「………‥。」
「姐さんを呼びませう。今夜はもうお帰りなさらない方がいいことよ。」
 かう云つた女の様子は、女中を呼びさうなけはひがあるので、男はつと起上《
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