草の吸殻がはさみ出されて、白い灰が美しく盛りなほされた。酒の香と女の息と、火のぬくもりとで蒸さる様であつた室の温気は、一旦障子をあけひろげた掃除のあとで、すつかり新らしい空気と入れかはつた。三月の夜深の風はまだ人の肌になじまぬいらいらしさがある。あや子は身うちがぞくぞくして来たので、火鉢を抱へるやうにして顔を火の上にかざした。そしてしよざいなささうに火箸で灰のまはりをかきまはして居た。小柄ではあるが、美しい女である。黒瞳勝な目元が顔の輪郭をはつきりさせて、頬から口へかけて男らしい肉のしまりがある。
「おやお前さんおひとり。」
女中頭のおさだが、ひよつこり障子をあけて顔を出した。
「姐さん、おはいんなさいな。」
「どうも……。」
入口にうぢうぢしてるおさだを見て、
「姐さん。おはいんなさいよ。」あや子はまた促した。
お定は中腰になつて、ゐざるやうにしてたうとう火鉢の傍まで来て、
「旦那は。」
「今、電話。」
「さう。お忙しいこつたわねえ。」
「ほんとよ。かうして毎晩のやうにお茶屋さんでせう。それで一時間ともゆつくりしていらつしやることが出来ないんだものね。」
「つまらないわねえ。な
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