だ黙つて二人の云ふことを聞いて居た。白川が例の端的な気性で、ずんずん切込んで行つて、談話を議論にしてしまひやしないかと、危んで居ながらも口をさしいれる隙を見出さなかつた。松村は追々時間が経過して行くことをあせつた。十時には築地の某倶楽部に会見する約束がある。早く話を切上げてそこヘ出かけなければならない。詞の潤《うるほひ》も艶《つや》も工夫して居るのがもどかしくもなつた。
「とにかく、会社が仲裁人の位置に立つてのはおかしいぢやないか。」彼はずぼんのかくしのあたりへ無意味に手をやりながら、いくらか思切つて云つてのけると云ふ風を示してかう云つた。白川は我儘なことを云ふ男であると思つても、しかも今迄下手に出て居たのであつたが、かう云はれて見ると、一つ云ひこめてやらなければならないと云ふ気になつて来た。ふだんはおとなしい心の弱い性で居ながら、相手が嵩《かさ》にかかつて来るとなると、何ものも恐れないと云ふきかん気が此男の頭の中に燃えたつのである。
「さう貴方が云ふんなら、私の方でも一寸理窟が云つて見たくなるんだが……。」
白川は袂から手巾を取出して口のまはりを拭いた。
「一体私は貴方を苦しめに此
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