のであつたが、お巡査さんが近く目の前に来て、きつとなつて、品物はどこへやつたと責めつけて来たとき、どうしたわけか、彼の頭の中に少しゆとりが出来て来た。返事もすらすらと云ひ得るやうになつた。人知れずほつと呼吸したやうな気持にもなつた。「之れなら落ちつける。」彼はかう思つて一寸も動くまいと覚悟を新しくした。
「貴様が知らんと云ふ筈があるか。」お巡査《まはり》さんは女房が落着はらつた体を見て、詞を荒らげた。此次の女の出様によつては、殴りつけもしかねない気色にも見えた。
親様のおつかさま[#「おつかさま」に傍点]は見るに見かねて、中にはひつてやらうと思つた。自分もゐろり[#「ゐろり」に傍点]ばたまで行つて、女房に云ひきかさうとした。
「おつかあ、それはわるいこつたがなあ。」
かう云つたとき此人は仏のやうな心になつて居た。土蔵をあける用事がなかつたので、四五日はなんにも知らずに居たのが、始めて盗まれたと気のついたときの驚き。よく見まはすと、処々に蝋燭のたれ[#「たれ」に傍点]がおちて居る、一番いゝものを入れて置く箪笥が二抽斗《ふたひきだし》とも空になつて居るので、一度は呆れ一度は怒りもしたこ
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