それをふびんぢや気の毒ぢやと思召して、罪業の深い我々凡夫をお救ひ下さると云ふのが阿弥陀如来の本願ぢや。何と有り難い仰せぢやあるまいかなう。」
 説教の終る頃は、一座のもの皆が酔へるが如き心持であつた。なんまんだぶつ[#「なんまいだぶつ」に傍点]と呟くやうに称名する大勢のものの声は、心の底から自ら溶《とろ》けでるやうに室中《へやぢゆう》に満ちた。微《かすか》に鼻をすゝるものさへあつた。
 一時に皆が帰りかけた。六角の手作りの提灯に火をともす間は、挨拶をし合つたり雑談を取りかはしたりして、なかなかさうざう[#「さうざう」に傍点]しかつた。おつかさま[#「おつかさま」に傍点]は一々《いちいち》
「大儀だつたなう。」「やすみやれや」などと、村の人々を見送つて居た。十分とも経たない間に、すつかり出て行つてしまつて、跡は火の消えたやうにぽかんとしてしまつた。
 盗人の女房はこのときまでも座を立たなかつた。お説教に引ずり込まれて、彼は帰ることも忘れて居たのではあるまいか。お説教が彼の要求のどんぞこを突いたので、彼は悔と光明と法悦を心から感じた為でもあらうか。生活の苦悩に日々責め苛《さいなま》れて、益
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