々|邪《よこしま》と偏執とに傾きかゝつた彼の習性が、一夕の法話に全く矯め直されたのでもあらうか。
 彼女の智識は、それが何であるかと云ふことを分解《ぶんかい》するには、遠く足りないものであつた。彼は何となく頭を掻きむしられるやうに感じたのであつた。自分と云ふものは、風の前の糠くづのやうに、すぐにも飛んで行つてしまつて、其行方さへ知れなくなるのではあるまいかと云ふ様な、漠とした不安が彼を襲ふのであつた。死ねばこんな苦艱がない。阿弥陀様のお力にすがりさへすれば、死んで極楽へ行かれる。どんなに安楽に、どんなにのびのびした生活が出来ることであらう。彼はそんなことをも考へて居た。
「儀平とこ[#「とこ」に傍点]のかかあ[#「かかあ」に傍点]。お前ばつかりになつたがなう。」
 おつかさま[#「おつかさま」に傍点]には、彼女が今夜来たのさへ解し難いことであるのに、かうしてたつた一人残つて、頭をあげずに居るのが一層をかしく思はれた。暫く返事もないので、
「お前どうするつもりだい。」
 かう云《い》つておつかさま[#「おつかさま」に傍点]は彼女の小さくなつて居る姿を見た。
「わしかね。わしは死ぬがんでご
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