つの空身《からみ》の俺《わし》ですら、十足《とあし》あるいては腰をのし、一町あるいては息を休めなければならない熱さでありました。
 頂上近く行つたとき、俺よりも少し先に一疋の黒馬が、米俵を一杯に背負はされてこれもやつぱり山越えをして居るので、俺《わし》よりもずつと先に出かけたのであらうが、俺《わし》は空身《からみ》のことだから、そこで追ひついたのでありました。
 馬子が一人手綱をとつて居た。馬はもうへとへとになつて居た。両足はしつかと土にしがみついていくら引つぱつても動かない。もがけばもがくほど、口縄が緊めつけて、鉄の轡が舌を噛むのぢや。口から白い泡が吹きたつやうに湧いて出るのぢや。汗と云つたら俺達人間のものとは又違つて、滝の様だと云ふ形容が全く相当して居ました。あの様子では一足《ひとあし》だつて歩けたものぢやない。
 それでも馬子は容赦もなく責めつけて居る。綱のはしでびしびしとしわく[#「しわく」に傍点]のである。しなしなした棒の鞭でなぐりつけるのぢや。そして『畜生』『畜生』と云つてどなつて居る。堪《たま》らないのは馬ぢや。痛いのとがなられる[#「がなられる」に傍点]のとで、一所懸命
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