もぢもぢして居た。
彼女はわざとしらじらしく、
「お晩になりました。」と云つてすぐと茶の間へ通つた。
坊さん嫌の大旦那は奥座敷へ引こんでしまひ、若旦那は留守であつた。お茶場に、おつかさま[#「おつかさま」に傍点]、下座《したざ》に姉様《あねさま》が、何れも説教者の方へ顔を向けて一心にお使僧の説教に聞入つて居た。村の人は二十四五人も集まつて居た。彼女がそつと歩みよつた閾際から言へば、みんなうしろを向いて居る。腰をおろして坐つたときに大勢は何にも知らなかつた。
ふつと横を見ると閾際《しきゐぎは》に誰やら手をついてお辞儀をして居るので、おつかさま[#「おつかさま」に傍点]は初めて新たに人が来たのを感付いた。それでもまさか儀平の女房であらうとは思ひ寄らなかつた。
「よう来たなう。」説教者にも聴聞者にも気の散れることのないやうに、小声でかう云つて、手で指図をしようとした。女はやはりうつぶした儘である。
「誰だい。」おつかさま[#「おつかさま」に傍点]は少し声を張つた。
大勢の人の顔が一しよに動いて戸口の方に向いた。説教者もちよつと詞を切つて、上座の方から見下ろす様にして戸口の人を呼びかけ
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