たりはすつかり力がぬけてしまつて、耳はほてり、頭がむしやくしや[#「むしやくしや」に傍点]するのを感じた。彼が閾際《しきゐぎは》近く来たとき、村の女房達らしい者が二三人高声で話し合ひながら、往来を通つて行くのが彼の目にも見えた。これはさつき御堂に上つてから初めて彼の知覚にとまつた人の気勢である。御堂へ上つてからこれまでの時間は本統はそんなに長い時間ではなかつたが、彼には非常に長い長い時間と感じられた。そしてその長い時間の間、自分はこの世界にたつた一つ動いてゐるものであるとばつかり彼は感じて居た。それが今人声に気がついて見ると、彼は此世の我に蘇へつた。
「おらあ、仏様の罰を忘れてゐた。」
 彼は急に恐しくなつて来た、べたりと縁の上に坐つた。
 夜の空は晴れて居た。月は無いが、星が、宵の黄《きいろ》い色から、だんだん白い光に変つてしまつた。さやさやした風が横手の竹薮を吹いて、広前の砂の上に落ちた。
 女はやつと起き上つて、階段を下りた。一歩《ひとあし》づゝたしかに踏みしめて、堂の鼠にも聞かれないやうに足音を偸むのであつた。下りてしまつて彼は、どこへ行くべきか、全く目的はないのである。
 体
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