じを募らせた。
 綿緞子《めんどんす》の赤い幔幕はもう色があせて居《ゐ》る。信者の寄進したものと云つても、押絵細工の額面か、鼻や手足の欠けた人形か、絹の色糸がかがつてはあるが何の値もない手毯か、そんなものより外は、一つだつて金目の籠つた品物のないのは、彼がふだんようく知つて居る所である。そこへはひりこんで、彼は何を盗み出さうとするのであらう。彼はもとよりそんなことを意識して居るのではないのであつた。只この扉の中は滅多に他人が覗いたことはないものである。かうして、ぢつとこゝに立つて、ぢつと此扉の中を覗き込んで居ると、どうやら自分ばかりが見ることの出来る不思議の宝物が蔵《しま》つてあつて、そこに富と幸福とが、水銀を撒いたやうに散らばつて居る。それを自分丈がこつそりと攫んでしまふことが出来るのではあるまいかと思はれるのであつた。
 彼は二三度錠をねかしたり起したりして見た。鍵がないから明きさうなことはない。
「たゝいたら此錠はゆるむのだ。」彼はかう思つて、堅い木切れか、石ころが欲しくなつた。一旦縁を下りて、そこいらを探《さが》さうとしてもとの板敷の方へ歩みを戻した。足元がふらふらする。股のあ
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