しい目をして私を睨んだ。
「これだ、これだ。姉さあの帯皮だ。」かう云つてぐるぐる巻にしておいた帯皮を長々とひろげて、黒い蛇ののたうち廻つたやうに、室一ぱいに引きずつた。ふだんは、やさしい人なつこいあのやうなおつかさま[#「おつかさま」に傍点]でも、いざ自分《じぶん》のものとなると、あの様な劇しい詞が口から出る。盗人と畜生とが一つに見られてしまふ。憎いと云へば、此人だつてやはり憎い。
 丁度こんな毒々しい考に気が欝込《めいりこん》だ或宵のことであつた。彼は、いつまでも物を云はない、いつまでも動くもののない――子供はとうに寝入り込んで居た――夜の寂寞に堪へられなかつた。くたくたになつた藁草履を引つかけて背戸口から往来に出た。日がくれて間もない時刻であるから、銘々の家から、明りがさし、人の話声なども、しかとはわからないが、ごそごそと耳にはひる。姿も見えないどこかのあまり遠くない所に追分節の長く引つぱつた声が聞えたが、中途でばつたり切れた。静かなことはやつぱり静かである。
 彼は観音堂の境内にはひつた。往来からは何の仕切もない広前が少しばかりあつて其正面の奥手に御堂がある。四つばかりの階段を上
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