事を終つた頃私達の隣の間へお客が来た。間の唐紙《からかみ》をたて切る女中の後からちらとその客の様子を見て取つた。夫婦ではなさ相な若い男女の二人連であつた。廂髪《ひさしがみ》に結《ゆ》つて羽織を着流したすらりとした肩付は、商売人ではない。
「やつてるなあ。」藤浪君がおさへる様な声をして笑つた。
「そんなに岡焼《おかやき》なさるから奥さんに嫌はれるんですよ。」お糸さんも亦忍び声で云つて笑つた。私も笑つた。
 日脚が短い。五時にはあかりがついた。夜の商売だからと云つてお糸さんは帰り支度をした。そこまで送らうと云ふので三人揃つて出かけた。
「貴方方おまゐりは。」
「稲荷様なんぞどうでもいい。」
「でもあらたかですよ。」
「心願するかね。」私は藤浪君を振り向いた。
「例の一件が成功する様につてか。」
「とにかくいらつしやいな。」お糸さんは要館《かなめくわん》を出て左の本堂の方へ行く。私達もついて行つた。堂のうらを通つて右へ曲ると、社務所がある。お札やお米を受ける所もある。其向うがお穴様だ。お糸さんは油揚《あぶらあげ》を買つてお穴様へ供へた。そして御鈴《みすず》を何遍もふつた。微《かすか》に柏手《
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