肋膜がまだ疼《いた》むので右に臂枕をした。お糸さんは枕をさがしてきて、お寒いからつて私のマントを取つて上へかけてくれた。
「やつぱりやせていらしつてね。」
「まあ見てくれ、こんなだ。」私は寝ながら左の腕をさしのべた。
「いたいたしいこと。あたしはこんなに、」とお糸さんは右の袖をかかげて見せた。節の短い円く肥つた腕ではあるが、女らしいふくらみがないのであつた。
「強さうだね。」藤浪君はかう云つて、
「僕はどうだ。」がんぢやうな前膊《ぜんはく》の皮膚はやや赤味を帯びて、見るから健康を語つてゐる。
「いい体格だね、」と私は惚れ惚れしてそれを飽かず見入るのであつた。
 私はだんだん眠けがさして来た。お糸さんと藤浪君とはいろいろ面白いことを話合つて居る。
「ぢや今はおひとり。」お糸さんが藤浪君にきいた。
「独りだ。先月八人目の嬶《かかあ》ににげられたんだ。」
「どうなすつたの。」
「何にもしないが逃げるんだ。」
「そんなことがあるもんですか。」
「実際だ。八人のうち、二人に死なれて、六人に逃げられたんだ。どうかと云つて手を合せて拝むんだけれど、みんな逃げてしまふ。それも僕の景気のいい時ならいいん
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