だが、もう為方がないときばつかり騒ぐから、逃げて行く女に手当もやれずさ。」
「逃げて行くやうな女でもかはいいものですか。」
「そりやさうとも。僕の方ぢや決して憎くないんだからね。ああして僕をすてて行つても女の身で差当り困るだらうと思つて、どうにか出来るまで辛抱して居てくれといつでも頼むんだ。女と云ふものは酷《ひど》いよ。景気がわるいと騒ぎ出すからな。」
「奥さんと別れたとき、おさびしくはなくつて。」
「それは寂しいさ。ああまたひとりものになつたと思ふと、世の中がまつくらになるやうに思ふね。」
「それでも新しい方《かた》がお出来になればいいでせう。」
「さあ。さうだが前の女もやつばりかはいいね。」
 私はこんな会話を半意識的に聞いて居た。先月私が伊豆の転地先から帰つて来ると藤浪君が留守中のことを話した。その後で茶を酌み乍ら、藤浪君が女房を離縁したと云ふことを自分から云つた。
「僕を脅《おど》す積《つも》りだつたんだらう、離縁状に判を押せと云つて来たんです。よしと云つてすぐ署名捺印した。そして僕から戸籍役場へ直接郵送してしまつたんです。するとあの離縁状は私の本心でないからつて、嬶が手紙をよ
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