行かうつてんだ。どうだ、一しよに行かないかい。」
「本統ですか。」
「本統とも。」初めは本気でもなかつたが、おしまひに今これから行くから支度をして待つてをれと云ふ約束になつて電話を切つた。
「さあ行かう。」私は藤浪君をせき立てた。出がけに不意の来客などがあつた為時間が少し延びた。八ツ山下で電車を下りた。其あたりは往来の人で相変らずの雑沓だ。鉄道線路の上に跨《またが》つて居る橋の上には、埋立工事の土車《つちぐるま》の運転を見ようとして、誰も誰も一寸《ちよつと》足をとめて見る。「こらつ、たつちやいかん、」と云つて査公がやかましく逐払つてゐる。払はれた人が通りすぎもせぬうちに又新らしい人が立ちどまる。査公は終日「こらつ」を繰り返さねばならぬのであつた。
 お糸さんは待ちあぐねて居つた。
「かつがれちやつたのかとも思ひましたが、電話がまじめなお話ですし、そんなわるさをなさる方でないし………。」
「どうもお待ち遠さま。」
「あら、そんなに改まつて、何ですね。もう此頃はおよろしいんですか。」
「まあ生命《いのち》丈は取りとめたよ。」
「それはお目出度うございました。一体御病気はどんな………。」

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