あらはしてゐる。
「何しろ品川で一流だからね。」
「そんなにおだてるもんぢやなくつてよ。さあ、久しぶりにお聞かせなさいな。」
「歌つてもいいかい、又蔭で何のかのと云はれるからなあ。」
「またあんなこと、もう忘れつちまふんですよ。昔のことなんか。」
「どうです。かう云ふ薄情《はくじやう》女です。」
「いいことよ。」
「一昨年《をととし》だつたね、芝居であつたのは。」
「さうでしたわ。そのせつはしつれい。」
 おもちやは軽く会釈《えしやく》して三味線を取上げた。種田君は追分を唄つた。ちやんとつぼにはまつた声が快くみんなの耳に流れ込んだ。
「栗村さんは。」
「歌ふさ。歌つても大丈夫かい。」
「もう決して嫌つたりなんぞ致しません。」
 一頻《ひとしきり》陽気になつた。お糸さんも二階のお客さんを送りつけて手がすいた。
「みなさんに一度揃つて来ていただくといいけどねえ。」お糸さんはかう云つて、一さかりのあつた私達の連中を、一一云ひ出しては、「どうしていらつしやるの、」と聞糺《ききただ》して居たが、
「先日松田さんがいらしつてよ。」
「ほう。」私達はお糸さんの話を迎へた。
「四五人連でおいでになつて
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