お糸さんは蓮葉《はすつぱ》に云つた。
「いやよ姐さん。」眼のぱつちりした、額付の広いところがお酌の時のおもかげそのままではあるが、女になり切つてしまつたところが、其日の私には珍らしいのであつた。
「此人だあね、」と私は家内を振り返つて、
「歌さへ歌はなけりやいい人だと云つたのは。」
「さうでしたか、」と家内も笑つた。
「そんなこと、まだおぼえていらしつたんですか、」とおもちやも笑つた。
次の幕合《まくあひ》にお糸さんは、子供にと云つておもちやの箱を買つて来てくれた。そして此|楽屋《がくや》裏にお岩様を祭つてあるからお参りにいらつしやいと誘つた。
「可愛いお嬢さんですこと、本統に可愛いんですこと、」
と云つて娘の手を引いてくれた。私達もその跡についた。楽屋のうす暗い二階を上つたところに祭壇がある。初穂《はつほ》、野菜、尾頭付の魚、供物《ぐもつ》がずつとならんで、絵行燈《ゑあんどん》や提灯や、色色の旗がそこ一杯に飾られて、稍奥まつた処にある祠《ほこら》には、線香の烟が濛《まう》として、蝋燭の火がどんよりちらついて居る。お糸さんは祠の前へ跪坐《きざ》して叮嚀《ていねい》に礼拝した。
「何を
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