ないか。」種田君は微笑み乍ら云つた。
「だつて未決とやらへやられるつてぢやありませんか。」
「馬鹿な、そんな事が。」私は言下に打消した。
「でも内の姐《ねえ》さんが、それはそれは大騒ぎをやるんでせう。未決へ行くと、毛布がいるの紙がいるのつてね。明日《あした》は内へ帰らない覚悟で出なけりやつて、今朝からお不動様を拝んで居ましたんですの。」
「お前さんがつまりゆすられたんでせう。」
「さうですわ。」
「自分がゆすられて、自分が監獄へ行つてたまるものか。」
種田君は全く真顔で説明をした。
「此端書はお前さんに尋ねたいことがあるから出て来いと云ふんだ。何でもない事ぢやないか。証人に呼ばれたんだよ、お前さんが。」
「へえ、それぢやまた警察の様《やう》なことを聞かれるんですか。」
「さうだ。」
「それで先生。」お糸さんは少し落ちついた。「ねえ先生|跡《あと》がこはいんですから、おあしはあげたけれど、あれは先方で何も仰有らないうちに、あたしからあげたんですつて、さう申したらわるいでせうか。」
「それこそ未決騒ぎがおきるよ。」私が話を引取つた。
「先方が何も云はんのに、君がおあしを上げたつて、そんなことは云つたつて、誰がほんとうにするものかね。」
「それはさうですねえ。」
「そんな嘘を云つちやいけないよ。」宮川君も側から口を出した。
「だつて跡がこはいんですもの。」
「跡がこはいからつて。それよりは明日の事だ。明日丈のことは正直に云つてしまへば、お不動様も何もありやしないよ、」と私が云つた。
「それぢやすぐ未決などへやられることはありますまいか。」お糸さんはまだ不安げに念を押してゐる。
「大丈夫さ。心配することはないよ。両先生が後見して下さるんぢやないか。」草香君が此話の総括《そうくく》りをつけてしまつたので、お糸さんは心から嬉しさうに、
「それで内での相談に、どうしたらよからうつて姐さんといろいろ考へましたの、何んでもこんな事は先生方におきき申すのが一番早いと思ひまして、電話でお伺ひ致しましたんです。あたしの様なものが上つて御迷惑かと存じましてね。ああ、もう之れですつかり安心致しました。」と何遍も何遍もお辞儀《じぎ》をした。
「先生へ御礼はどうするんだい、」宮川君がそろそろからかひはじめた。
「いえもうなんなりとも、」とにつこりした。
 こんな時でも此女には艶《なま》めかしいと思
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