お糸さんが来ると四人が揃つて口口に串戯《じやうだん》を云つた。
「あら、まあ。」お糸さんも此一座の思ひがけない光景に驚いた。
「まあ。」とまた云つた。「皆さんどうなすつたんです。」
「君を待つて居たのさ。」
「君から電話だつたから、みんなを集めて置いたんだ。」
 お糸さんの用事つてのは詰《つま》らないことであつた。品川のある小新聞社の社員が艶種《つやだね》を売りに来たので、少し許《ばか》りの金を「桔梗」のお上《かみ》がくれてやつた。それと同じ様なことが外に二三軒あつたので足がついて、其奴《そいつ》が警察へ引かれる。お糸さんもかかりあひとあつて警察へ呼び出された。
「警察へ行つてこれこれだと申上げると、警部さんが一一聞き取つて、何やら書いたものに判を押せと仰有《おつしや》るんです。判は持参致しませんと申しましたら、爪印《つめいん》でもいいつて仰有るんでせう。とうとう自分で名前を書いて爪印して来たんですが、一体それは何ていふ書付なんでせう。」
「何ていふ書付か、それはお前さんに聞きたいんだ、こちらで。」と種田君が云つた。
「だつて読んでも見ないんですもの。」
「読まない書付に判を押すと云ふ事があるものか。」私は少し冷笑気味に云つて種田君に向ひ、
「告訴状かしら。」
「さうさね。」
「その告訴つてどんなことなんです。」
「つまり其男が恐喝したんだからよろしく御処分願ひますと云ふやうなことさ。」
「いいえ。あたしから御処分を願ひますなど決して申さなかつたんです。そんなことをすると跡《あと》がこはいんですもの。」
「ぢや始末書かも知れぬ。それからどうした。」
「もう帰つてよろしいと警部さんが仰有るものだから、それで事が治まつたものと思つてますと、昨日《きのふ》こんな端書《はがき》が来たんでせう。」
 お糸さんは帯の聞から二つに折つた一葉の端書を取出した。種田君と私とが殆ど一しよに手を出した。見るとそれは予審判事からで訊問の筋があるから何月何日出頭せよと云ふ、例文の呼出状であつた。最前から話に気を取られ乍《なが》らも黙つて碁盤に向つて居た草香宮川の両君も之を見た。
「なんだいこんなもの。」最初に宮川君がふき出した。
「昨日夕方この端書が来ましたの、あたしに裁判所へ来いつてんでせう。私もうこはくてこはくて、昨夜《ゆふべ》は寝ずに心配しましたわ。」
「何も心配することがないぢや
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