すること、それが俺の命の全部であつた。かうして十年をすごして来たとき俺は荒淫逸楽に飽きて来た。そして其生括の終りの幕を引いてくれたのは愛子である。
 俺が初めて愛子の長い髪を撫でたときは、まだ十八の舞妓《まひこ》であつた。俺があれの脂粉の香をいつくしみ初めて、一切の淫蕩を捨て去つてから二十年になる。愛子がもつて居たあらゆるものは、みんな俺がものとなつたと思つたとき、俺は実にあれの肉体の所有者になつたのにすぎないと云ふことに気が付いた。そして俺の心は却つて愛子の掌中に握られてしまつて居たのだ。俺が心に空虚が出来てくれば、愛子はすぐに其柔かな肉をもつてその空虚を填塞《てんそく》する。いつの間にか俺は緋《ひ》の友禅《いうぜん》の座蒲団の上に坐るやうになつた。軽井沢へ別荘も立てた。日本食と洋食と別別に料理番も置いた。置酒高会《ちしゆかうくわい》もする。俺の生活費は段段|嵩《かさ》んでくる。愛子は何でも俺を本位として俺に賑やかな生活を与へるのに専念して居るらしいが、その為俺の趣味は混乱した。三味線と※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]イオリンと、能、芝居、漢詩、俗謡、帝劇の女優、哥沢振《うたざ
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