因である。陪審制度はそこの欠点を補はうとするのが目的だ。陪審官も人間であるから、矢張《やはり》神通力がない。誤認があるかも知れない。けれども今の裁判官に任せて置くよりも、数等、数十等正確な事実の認定が出来る。少くとも今の裁判官のするやうな、疑はしいものは之を罰すると云ふ、惨忍酷薄な認定がなくなる丈でも、人民は幸福を享ける訳だ。
 先日青木に遇つたら、今の裁判は畜生道《ちくしやうだう》だと云つた。
「大分|酷《ひど》いことを云ふねえ」と云つて俺は笑つた。
 だが科学者は、生命の根源は細胞にありと云つてゐる。人体は蛋白質と脂肪と、含水炭素とから成立つてゐるだけだと云つてゐる。健康を害する行為はすべて不正であるとさへ結論してゐる。精巧と粗雑との差はあるにしろ、猿も人体も構造が同一である。そして其系統は直線的であると云つてゐる。畜生道はここにも其|発足点《ほつそくてん》を根づけてしまつた。俺が法律を学んで、その蝋を噛むやうな学理に頭を作つて、物質の姿をのみ追つて、心霊の影を外《よそ》に見た結果、俺は一日一日の生活を作ることを知つて居る丈のものとなつてしまつた。酒屋《しゆをく》に沈湎《ちんめん》
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