つて俺の愛子丈は、吉原再興をむしろ当然の事だと云ふ意見を発表して居た。俺は実は愛子が新聞記者に面会したことも、それと談話を交換したことも知らなかつた。ただその前に愛子が俺にその問題を語り乍ら「どうでせう」ときくから「吉原廃滅などは出来ない相談さ」と云つてやつた。彼はそれを以て俺の意見であると誤信してしまつた。そして其趣意を敷衍《ふえん》して新聞記者に演述したものと見える。俺はあの記事を見たときくすぐつたいやうな感じがしてたまらなかつた。「えらいことをしやべつたな」と云つたら、真顔になつて、「だつて私は貴方の御意見に雷同したんですもの」と云つた。目から鼻へぬける程の悧口ものでも、やつぱり浅薄なものだと俺は思つたが、強《しひ》てそれに批評を加へることもしなかつた。
 近頃一部の人から起つてる陪審制度論の根柢がやはりここにある。人間は鬼神でない、人間には神通力がない。然るに裁判は第一に事実を認定し、第二に其認定した事実の上に法律を適用する処の作用である。この事実の認定は、本来は神でなければ出来ぬことである。此困難な為事《しごと》の全部を今の裁判官に任せてしまつてあるのが、そもそも誤判を生む原
前へ 次へ
全15ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング