るまで待ち玉へ。」田村が甲高《かんだか》な声を尖《とが》らして居る。
「もう十時半でせう。昨日裁判長から九時にそろつて下さいと云はれたとき、海城さんは毎日八時半に弁護人は一同打揃つて居りますなどと、真面目に云つて入《い》らしつたぢやありませんか」と廷丁《ていてい》が理責《りぜめ》を云ふ。
「今朝用事が出来れば昨日《きのふ》の通りには行かんぢやないか。」
 田村はまじめに海城の来るのを待つてゐるんだと思ふと俺は可笑しかつた。海城のやつも俺流だ。あの先生はともすると俺よりもづぼらかもしれぬ。「八時半にはみんな揃つて居ます」などと云ひつぱなしにするあたりはあいつの一流だ。
 俺は給仕を呼んだ。「どうした。」と法廷の模様をきいた。あんまりに遅いので外の事件を先にして審理がひらけたと云ふことだ。それなら俺を急がすこともないではないかと給仕を叱つた。叱つた方が無理であるとはすぐ思ひついたが、取消をするのも面倒くさいからその儘にしておいた。
 幸徳《かうとく》某|外《ほか》二十幾名が不軌を計つたと伝へられ、やがてそれが検挙となつて裁判沙汰に行はれた。こんなにものものしい警戒も混雑も此裁判事件の公判が
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