[#「公判が」は底本では「公判か」]開けて居るからである。田村は此事件の主任のやうなものであつた。国民は激昂《げきかう》して弁護人たる田村や金山にあてて、「逆徒の弁護をするなら首がないぞ」と云ふ様な投書をいくらもつきつけた。俺は新聞でその事を知つて居た。田村が俺と向ひ合つて腰をすゑて俺に一揖《いつしふ》したから、俺はからかつてやつた。
「おい、首があるかい。少し顔色が青いなあ。」すると田村が、
「さうです。首が二つ以上ある人間でなければ、こんな事件には関係出来ますまい。」と云つた。
 俺はぎよつとした。田村のやつどえらい皮肉を浴びせかけやがつた。ただこれ丈の問答では聞いて居た第三者には少しも分るまい。禅機を語つて居るやうでもあらう。けれども俺の胸には手ひどく響いた。
 事件の公判期日が極《きま》つた頃であつた。田村と榛沢《はんざは》とが俺のところへやつて来た。此両人は東京でも先づ信用名望のある弁護士だ。それが打ち揃つて来て、俺にも弁護人になつてくれいと云ふのであつた。俺が承知してくれれば、院長へ交渉して官選弁護の辞令を出させると云ふのであつた。つまり此事件は実に日本建国以来初めて起つた
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