て居る。裁判所の門へはいると、一層警戒が厳しい。出入を一々|誰何《すゐか》する。俺は何の気なしに車を下りて式台の石段を上《のぼ》つた。警部がつかつかやつて来て、「誰方《どなた》です」と問うた。流石《さすが》に敬語を使つた。「高津だ。」俺はかう云ひすてて扉《ドア》の内へ歩を運んだ。俺の名前は警部の耳にも響いて居たと見え、何も云はないで俺の歩むが儘に任せてくれた。かう云ふときになると俺は常に損をする。俺は背《せい》が低い。顔は一見頑丈だが、下膨れの為に愛嬌はあつても、威厳がない。寒さうに肩をすぼめてあの宏壮な建物の入口の石段を踏んだとき、之が高津暢であるとは誰れも思ふまい。
「この人が高津か。」警部は俺の声名と風采とが余りに懸隔があると思つたらしかつた。
 大審院《だいしんゐん》の控所はなかなかの混雑である。中老、壮年、年少、各階級の弁護士が十七、八人、青木が所謂「神仏混同の法被《はつぴ》をつけて、馬の毛の冠《かんむり》をのつけて」入廷の支度をして居る。新聞記者らしい人や、刑事巡査らしいものもごたごた出入をして居る。田村が廷丁《ていてい》と何か云ひ合つてる。
「海城《かいじやう》さんが見え
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