のは、それは間違つてゐます。私は貴方をどうしました。私はいつ貴方に背きました。小夜子は長年連れそつた女で、澤山苦勞もかけたのですが、それでも私は棄ててしまひました。かうして別れ別れになつてる事は、恐らく小夜子の本心ではないでせうよ。それでも私は貴方と握手した。貴方は……あの蕪木《かぶらぎ》君。私の友人、私の同志である蕪木君の妻であつた。その貴方を私は愛したため、私が何程《どれほど》の犠牲を拂つたか、貴方はよつく御承知でせう。あの當時蕪木君は××の監獄へ送られて居たのでした。……。」男の聲は嗄《しはが》れた中にも熱を帶びて居た。
「貴方は蕪木も承知の上で手を切つたと仰有《おつしや》つたが、蕪木の心中はどうだつたんでせうか。私には分からなかつたのです。貴方は私と連名で蕪木へ發信した事があつたね。蕪木に比すれば私の狹い自由もまだ大きな範圍で、蕪木は手紙一本書くすら容易に許されない身でした。『汝、掠奪者よ』かう薄墨にかいた端書が來たとき、私は實に熱鐵をつかんだ樣な心持がしました。私は友に背き同志を賣つた、と思ふと私は晝夜寢る目も寢られなかつたんです。それでも私は貴方に背きはしなかつたではありま
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