ぢやありませんか。」
「理由がないつて、全然ないとも云はれませんよ。」亨一の眉宇には迷惑さうな色がありありと見えた。女はそんなことには何等の頓着がない。
「『もと妻であつた』其《それ》が理由でせう。然し今は、『あかの他人』、さうでせうもう。」
「其事はよさうぢやありませんか。」
「ねえ、さうでせう。今は他人でせう。その他人の小夜子さんと貴方との間に何の連鎖も殘つて居ない筈ですわ。戸籍と云ふ形式の上にでも、愛情と云ふ心靈の上にでも。ですけど生活費と云ふ經濟上の関係丈けは保たれて行つてゐますのねえ。私に、私にしても貴方が飽きてゐらしつたら、私もやつぱり、私も……。」女は込み上げる涙を押へて、
「私も只お側に居ると云ふ丈け、生命《いのち》を維《つな》がさせて下さると云ふ丈け、なんにも、なあんにもないんですわねえ。」女はだんだんやけになつて、泣きくづれた。
 亨一も眞顏《まがほ》になつた。こんなときは、いくら理合《りあひ》をつくして云つても何のききめがないものであると云ふことは明らかであるけれど、やつぱり默つて居ることが出來なかつた。
「愛情がどうのかうのつて、私と貴方との間にそんなことを云ふ
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