け動かして居れば、時間が過ぎて行く處です。自由、自由つてどんなに絶叫して居ても、到底與へられない自由ですもの、いつそ極端な不自由の裡に身を置いてしまへば、却つて自由が得られるかもしれません。」
 亨一は此話の間に屡々|喙《くちばし》を挿《は》さまうとしたがやつと女の詞の句切れを見出した。
「馬鹿な、空想にも程がある。貴方だつてあの中の空氣を吸つたことがある人ぢやないか。あの小さい小ぜりあひ、いがみあひ、絶望が生んだ蠻性。あれを貴方はどう解釋してるのです。」
「私にはまだ大きな理由があります。蕪木のことがその一つ。」女は男の體にひたと身をよせた。
「蕪木が私達を呪つて居ます。私が貴方の傍に居ることは、貴方の身體にも危險です。私があちらへ行つたら、ちつとは蕪木の憤激がやはらぐでせう。それから私は貴方の教訓に從ひます爲に、三阪さん、多田さんとも文通を絶つ必要があります。官憲が丁度よく私と外界とを遮斷してくれますから、私に對するあらゆる讒謗《ざんばう》も、呪詛《じゆそ》もなくなつてしまひませう。その代り私が歸つて來ましたら……。」
 女は今日に限つて涙が出ない。之《こ》れ丈《だけ》の事を云ひ盡
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