すのに、何にも泣かずに云つてしまつたことが不思議のやうに思はれた。こんなにものを云つてる人間が自分の外にあつて、自分はただその假色《こわいろ》をつかつてるにすぎないのではあるまいかとさへ思はれた。
 ふとこんなことを考へはじめると、今度は本當に悲しくなつて涙がおのづと流れ出た。
「貴方のお話は分りました。」男はかう云つて其次の詞を擇ぶやうな樣子をしてしばらく眼をとぢて居たが、
「貴方は貴方の健康と云ふものを考へて見ませんでしたか。」と云つた。
「いいえ。」女ははつきり答へた。「私の健康。そんなものが何んでせう。私の肋膜《ろくまく》は毎日うづきます。いつそ腐つてどろどろになつたら、それでいいでせう。それで。」
「いけない。貴方は又亢奮して居ます。そんな亂暴な。」
「亂暴でも生命は自ら壞《やぶ》りはしません。」
「さうでない。貴方は自分で死場所をさがして居るのです。」
「だつて人間には未來がわからない筈ですもの。」
「けれど貴方にはその未來がわかつて居るんです。死ぬる時、場所、方法、それ等はみんな貴方にわかつて居る筈です。」男は女の爲す處を見守つた。彼は決して自分の計畫を棄てるのではない。
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