さうにもない。かうなる以上は自分から進んで引き止めなければ、女は此儘行つてしまふことは確《たしか》である。此確な未来が亨一の目の前に来てぴたりと止まつた。亨一はそれを払ひのける勇気もなくなつて居た。
「私、一寸|母屋《おもや》へ挨拶に行つて来ますわ。」
と女が立つたとき、
「あつ」と男は呼んだ。
「何か御用。」女は男の方へよらうとした。
「跡でいい。」男は投げるやうに云つて、ごろりと横になつた。
下の普請小屋《ふしんごや》から木を叩くやうな音が二三度つづいて聞えて来て、またやんだ。空はどうやら曇つてるらしい。
やがて女は帰つて来た。跡からお上さんもついて来た。
「奥様がお帰りになつたら、旦那様はおさびしいでせうになあ。」とお上さんは縁端に腰をかけ乍ら云つた。
「どうぞねえ。お上さんお願ひします。私も病気の工合さへよければ、すぐもどつてきますからねえ。」
「え、え、私でできますことはなんでもしますから。」とお上さんはきさくに云つて、
「それでは車を呼んで来ませう。」と草履をぱたぱたさせて出て行つた。
「貴方、弥弥《いよいよ》お別れですわ。」と女はしみじみした調子で云つた。
「……。」
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