あらはれて来るのであつた。それを押し殺してすず子はあくる日の朝までに、すつかり仕度をしてしまつた。手近に置くべきもの丈を入れた信玄袋《しんげんぶくろ》は自分で持つて行く。行李《かうり》はあとから落着いた先へ送つて貰ふことにした。
「もうすつかりになりました。」長火鉢の前に坐つてすず子は独語《ひとりごと》のやうに云つた。いかにもがつかりしたやうな風も見えた。
亨一は昨夜《ゆうべ》からいらいらし通《どほ》しで居た。深更《よふけ》になつてからも、容易にねむれなかつた。やつとうとうとしたと思つたころには、もう夜は明け放れて居た。起き上つては見たが何だか人心地がしない。身体中が軽くしびれるやうな感じもする。之れつきりで女を手放してしまつて、それからどうなることであらうと云ふことは、いくら考へても考へても判断がつかない。たつた一つの希望は女の心の変化を待つことであつた。かうして居るうちにも、女は東京へ行くことをもうよしてしまひましたと云ふであらうとも思つた。もしさう云つて身を投げ伏せて来たら、両手で緊《しつ》かり女を抱いてやらうとも思つた。女はたうとう仕度をしてしまつた。待つた詞が女の口からもれ
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