やありませんか。熱も折折出るさうだ。そんな体で労役に行つたらどうなるかわからないぢやありませんか。そこで金銭でこの苦艱が逃れられるものなら、何とか工夫をして見たい。その工夫が太《たい》した犠牲を払はないでついたら、貴方の身体は私に任せてくれていいでせう。どうしても出来なかつたら、その時は貴方の考へ通りに私は黙つて見てゐませう。」男は云ひ終つて立ち上つて「話はそれで一段落だ。」と云つた。それは女の心を転じさすには恰好《かつこう》の調子の詞であつた。
翌日亨一は金策の為東京へ出かけた。一二の同志は疑ひ深い目付をして此話を迎へたきりであつた。
「政府から出して貰つたらいいでせう。」と云はんばかりの顔色をして居る。買収云云のことがまだ彼等の念頭に一抹の疑団を残して居るのであつた。亨一は矢鱈《やたら》に激昂した。此汚名は何の時にか雪《すす》がねばならぬと思つた。それ故目前の争論を惹き起すまいとして耐忍の上にも耐忍をした此日の苦痛は心骨にしみ徹るのであつた。大川にはもう云ひ出すことが出来ない程沢山世話になつて居つた。けれども今は此人より外に縋《すが》る処はないのであつた。自分には基督論《キリスト
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