どうであらう。何が苦しくて僅六銭の窃盗罪を犯したのであらう。日給がいくらで、くらしに何程あればよかつたのであらう。実際くらしがつかなかつたのであらうか。つかない程に手当が少かつたのであらうか。生きて行くことが出来る丈の手当すら与へないで、仕事は一人前を吩付《いひつ》けると云ふのは、隙さへあつたら盗《ぬすみ》でも騙《かたり》でもして命を維《つな》げと云ふにひとしいとも云ひ得る。労働の値は供給によつて定まるものだと云へば、その不十分の(生命を維ぐに)報酬に甘《あま》んじて居た被告は、甘んじて居たこと自体が間達つて居るのである。けれどもそれは仕方のない事である。この国の労働者にはそれでも甘んじて居たいと云ふ種類の人で満ちて居るのであるから。被告一人の力では労銀の上げ下げをどうすることも出来ない事であるのだから。しかし、この日の傍聴人にはこんな真面目な観察をしたものは一人《いちにん》もなかつた。彼等はただ被告と裁判長との応答をきき乍ら、そのこんぐらかつた話のゆきさつに興味をよせ、要之《えうするに》犯罪や裁判など云ふものは馬鹿馬鹿しいものであると考へたにすぎなかつた。
裁判長は被告が「取つたん
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