云ひたい丈のことを云ひたくもなるであらうし、云ひ尽した上の判決なら仮令《たとへ》判決が無理だと思つても諦めることが出来るであらう。只此国の裁判官にはそんな複雑な感情を働かして居る遑《いとま》がない。目の前にあるものはみんな罪人である。早く監獄へいれてしまへば始末がつく。之れだけを考へて裁判長は被告を訊問し、被告は此方針につれられて訊問をうけつつ審理は進んで行く。
「私はそれを別にして…………。」
「つまり取つてしまつたと云ふのだな。」
「はい。と…………と…………とつ………取つたけれど…………。」
「よし。」
 傍聴席にはいろいろの心が動いて居た。最前から彼等のすべては、海鼠《なまこ》のやうに心もとない被告の陳述と骨のやうに乾からびた裁判長の訊問とを聴くらべて居た。被告の云ふことを裁判長が聞取つてくれないで、雙方の意思が離れ離れになつて居るのを歯痒いとも思ひ合つた。「取つた」と云ふことを云ひたくない為に、三度云ひ淀《よど》んだ被告の態度は、ある者をして吹き出させやうとしたが、自分が今いかめしい法廷の中に居るのであると気がついたとき僅に笑を噛み殺した。被告に父母がないのであらうか。兄弟は
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