がぬれた。切手がはげて居たと云ふのか。馬鹿。いい加減にしろ。郵便を入れに行くのに、誰が手紙を雨に濡らして行くものか。取つたら取つたと明白に云つた方がいいのだ。馬鹿なことを云つて強情《がうじやう》を張ると損だぞ。」
「いいえ。雨が郵便函の口からしぶきこみました。」
「それがどうした。」
「手紙が一杯になつて、函の口元まで一杯になつて…………」
「そんなことはどうでもいい。要之《えうするに》切手ははげて居たと云ふのだな」
「はい。一枚は函の隅の中に…………」
「もう一枚は…………」
「私が袋にいれるとき手紙がぬれて居て、独りでにはげました。」
「それをどうした」
「私はそれをべつにして…………。」
 被告は極めて聞取り悪《にく》い土音《どおん》で裁判長の耳を困らした。事件の審理を出来得る限り簡明にしたいと云ふ念よりしかない裁判長には、此不明瞭な答弁が頗るもどかしいのであつた。いらいらして問へば、自ら詞も荒く調子も太くなる。被告は益益萎縮して益益しどろのことを云ひ立てる。被告の云はうとするところはかうである。その日は非常の大雨で、しかも郵便函には郵便物が一杯であつたから、その口元にある手紙の
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