二三通は雨がしみ込んで濡れて居た。その為め取り出すときに一枚切手が剥げて居て函の中に落ちてあり、も一枚はかばんへうつすとき剥げた。そこでその二枚を別にしまつて――竊取すると云ふ考へもなしに――置いた…………(此先の事は被告は裁判長に遮られて説明をしなかつたから、作者が想像すると)そして局へ帰つて届けようと思つて居る間に時間が妙に過ぎて、しまひに届ける機会を失つてたうとう自分の私用に使つた。最初より切手を剥ぎとつて竊取したのではない。
かう云つてそれが聞いてもらへたら、被告は自分の罪状がいくらか軽くなるであらうと思つたらしい。
けれども裁判長にはそれが何の斟酌《しんしやく》にも値するものでないと思はれた。切手が剥げて居つたか、剥いで取つたか。そんな詳しい事まで取調べて居る暇がないと裁判長は思ふのであつた。それ故手紙が雨に濡れたと云ふ被告の弁解も一喝の下に之を却《しりぞ》けてしまつて聞入れない。郵便函に投入する人が雨で手紙をぬらして来たと被告が云ふのだと誤解して、そんな愚かな弁解はよせと被告を叱りつけた。そしてその誤解を解かうとせずに、即ち分らぬなりに審理を進行した。之れはしかし此国の
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