溢れる許りに詰め込まれた函の手紙を一一とり出してゐる。五枚、十枚、二十枚。手当り次第に掴み出して手当り次第に抛り付けるやうであつた。二三度同じことを繰り返してゐるうちに、やつと取り出した一通の封書。「おおこれだ」と云はない許りに、期待も焦心も願望もそれ一通に籠つてゐるかのやうに、狂気じみた身悶えして、怪物はただ凝視した。「それが俺ののだ。」

 吃《どもり》の真似をすると終《しまひ》には吃になつて了ふ。気違の真似をすると終には気違になつて了ふ。俺もこんな妄想を拵《こしら》へてゐるうちに、或は本統に被害妄想狂になつて了ふかもしれない。全く愚なことだ。一体世の中の事は、斯《か》うなつて欲しいと思ふ願望が容易に実現しないものであると共に、斯うなつたら困ると思ふ杞憂《きいう》も案外に到来せずに済むものである。災害と云ふものは、むしろ思ひがけない方面から思ひがけない方面へと闖入《ちんにふ》して来るものだ。さう云ふときにじたばたしない修練は或は必要かもしれないが、さもないことで、神経の昂ぶるに任せて、目の前に見るやうな一幕ものの舞台を考へると云ふことなど、その光景から恐怖や欝憂《うついう》を握《つ
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