険相《けんさう》な顔付を考へると、何にもかも嫌になつてしまふ。
「それでも俺は金を送つた。行かなきやならんのではあるけれど、と云つて取り敢《あへ》ず、俺には大変な犠牲である弐拾円を今朝出したんだ。」
「之れ以上。…………。俺が顔を出した処で…………。俺は医者でない。病気は癒らない。金さへ見れば伯母は喜ぶんだ。」
 判事はあの欝陶《うつたう》しい部屋で、あの気色《きしよく》悪い人間の死を訪《おとづ》れることを避ける為には、少くない金をも吝《をし》まなかつた。婚礼と新築祝ならいつでも行くんだけれど、俺は病人や葬式は真平だ。彼はいつもかう云ふことを云つては家内に笑はれてゐたものである。
「伯母はきつと喜ぶだらう。」判事は自分の手紙を手にして、床から起き直つて、押しいただいて居る病人を想像してにつこと笑つた。
「もし届かなかつたら。」ふいと判事は気がかりなことを思ひ出した。脊髄のあたりがすこし疼《うづ》くやうな感じがした。書留にしなかつたからと云ふことが殊更不安を感じさせるのであつた。「僅か拾銭を倹約した為に」と思ふと、急に忌忌《いまいま》しくもなつてくる。もし届かないとなると俺はどうしたらい
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