クロースの表紙が少しはだけて中から一通の手紙が出た。昨日来た伯母からの手紙である。判事はそれを取上げた。
伯母は日本の女には珍らしい背の高い人で一見頑丈なつくりであるが、病気には極めて弱虫であつた。五十をこしてから空咳《からせき》がすると云つて寒い時節になると炬燵《こたつ》の中に跼《くぐま》つて居た。力のないそれで居て胴中から出る様な咳の音を聞くと、側に居るのが危険であると思はれるのである。同じ市中に居つても巣鴨と青山では往来がそれほど近くはなかつた。判事の方からは或は避けたいと思つたからでもあつたらしい。幼い時母に分れて此伯母の手に育てられたと云ふことは、それでも判事には幾分の親しみを残した。
「親類と云ふものは俺には手足纏ひだ。唯それだけだ。」伯母の病気が危篤だと云ふ代筆の手紙を手にして彼はかう呟《つぶや》いた。両肩が強《きつ》く骨立つて頸《くび》が益益長く見える、賤げな左の頬の黒子《ほくろ》と鍵の様に曲つた眼尻と、ひつくり返すやうな目付をして人を見る癖と、それから遇ひさへすれば口説《くどき》上手《じやうず》にくどくど云ふ口。小汚《こぎたな》い六畳の部屋で、せいせい云つて寝てゐる
前へ
次へ
全25ページ中18ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
平出 修 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング