はんばかりであつた。
「まだ少しも片付《かたつ》かないのでね」と高井は、俺を喜んで迎へた。一昨日の朝俺は彼の昇進を祝ふ為に彼の官邸を訪問したのである。九時前であるのに応接間には地方の有志家らしい人が一人もう行つて居た。
「失敬ぢやが、どうぞ、君。」彼は自ら暖爐の火を見たり椅子を直したりして、俺を引張るやうにしながら、腰を据ゑさせた。三間《さんげん》に七間程もあらうかと思はれる可なり細長い部屋の廻りは本箱やら、飾棚やらが不秩序に押し並んで居て、一一記憶に残る程の品物ではないが、雑然としてあちこちに置かれてある置物や豹の皮や、時計や花瓶《くわへい》などが、彼の交際範囲を説明するに十分参考になるものであつた。彼は先客の人に対して議会解散の予想などを喋喋《てふてふ》述べて居たが、「こんなへつぽこ役人ではね、」と云つて湧き上る様に笑つた。その得意さうな笑声を俺がどんな邪《そね》み根性で聞いて居たかと云ふことは、彼の顧慮する所では勿論ないらしかつた。
「それがなんだ」判事は屹《きつ》となつた。拳を握つて机の上を叩いて見た。一つの鈍い音と一しよに不規則に積んであつた机の上の洋書が一冊、すべりおちた。
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