。何たる痛快事ぞ。」「硝石……塩酸加里。我は本日漸くこれを得たり。宿望漸く端緒を開く。」「本日何某来る。彼は我党中の先輩である。余は此意味に於て彼を敬す。然りと雖も彼は実行者ではない。」彼の日記は彼の衒気、強がり、軽率なる義憤に充ちて居た。彼はもとより其自署を否認するやうなことを敢てしなかつた。たゞしかしこんな無造作に作られた端書や日記の文章が、どうして自分の極重悪罪を決定する材料となるのであらうかと云ふことを知らなかつた。それから大それた不軌を図つたと云ふこと、丁度一年半程前に、紀州の石川を堀江の或旅館に訪問した等のことが原因であり実行であるのだと云ふこと、誰が何を云つて、自分が何を聞いたか。もとより時にふれ折にふれては、自分は軽挙し妄動をし居たのである。座談に一場の快を取つて、その胸の血を湧かせたに止まる。二三日たてば何でもなくなつてしまふ。彼は一年半前の記憶を繰り出す間に、更に更に大きく叱られた。
 彼はその時の光景を想ひ起したのだ。午後から引続いての審問に捜査官も疲れた。彼は勿論疲れた。動悸は少し鎮つたが夕飯は喉へ通らない。やうやく貰つた一杯の茶も土臭い臭がして呑み乾すことも出
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