来なかつた。段々夜は更けた。見張りの人が眠げに片方に腰をかけて居る丈で、外に人はない、もし彼に逃亡を企つる勇気があつたなら、こんないゝ機会は又とないのであつたが、彼にはそんな呑気な――今の彼として実際それが呑気な事であつた――計画を考へてる遑がなかつた。掛りの人が席を引くときに、しばらく控へて居ろと云はれた詞の中に、腰を下ろしてもいゝと云ふ許しも出たかの様に思はれたが、もし不謹慎だといつて叱られやしないかと思へば、やはり立つて居なくてはならなかつた。足はもう感覚もないやうになつた。上半身がどれだけ重いのであらうとばかり感ぜられた。頭はもんもんして手の中は熱い。一方の脚を少しあげて、一方の脚だけに全身を支へて見る。楽になつたと思ふのは一分間とも続かない。こんどは脚をかへて見る。やはり一分間ともならないうちに支へた方のみが重みに堪へない。歩いて見たらいくらか苦しみが減るかもしれない。歩いて見たい。彼は思切つて左の足を持ち上げた。見張の人は一心に彼を見つめてゐる。ぎよつとして彼は又姿勢をとつた。何か複雑な事を考へ出して、それに全精神を集めたなら、少しはまぎれることもあらうかと思つた。けれども
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